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スーパーGTレース2011 第4戦 スポーツランド菅生に行って来ました!


  • 28日(木)のオートラボ通常営業後の深夜出発で、「スーパーGTレース 第4戦」に参戦する為に、スポーツランド菅生(宮城県)へ行って来ました。

    1000qを越える移動の道中、新潟県付近では大雨に見舞われ、非常に怖い思いをしながらやっと着いたスポーツランドSUGO。大阪を出発したのが夜中の1時で、到着したのは12時前でした。到着後、そのままの勢いで搬入作業を進めました。

  • 29日(金)は『搬入日』です。

    狭いPITのSUGOは、PIT設営に時間と気を使います。まずは作業がしやすいように、マシンと作業スペースを優先的に確保して、絶対に必要な工具、予備パーツやケミカル類のみPITに入れました。

    そして、残りのパーツ類はもう一度トラック内に収納して、スポンサー様などの来客用のホスピタルテントも設営などをした後、足回りのセットダウン&セットアップなどをしていきました。

    そして、お約束の(?)居酒屋で呑みまくった後は・・・ホテルで爆睡です〜♪

  • 30日(土)は『公開車検』から。

    雨模様のSUGOでは、いつものPITレーン上での車検ではなく、PIT内での車検実施となりました。

    その後の『フリー走行』では、前回のテストの際に発見したトラブルの修理後の経過を確認しつつ、足回り等のセットアップを進めていきました。

  • その後に行われた『公式予選』では、強弱の変化が激しい雨模様の中、#88はセットアップが決まらずにタイムが伸び悩んでいました。A&Bドライバーともに、基準予選タイムは通過していた予選時間終盤に、関口選手がラストアタックをかけようとしたPIT内で、右側リアタイヤを交換していたメカニックの作業が、なかなか終わらない事に気が付きました。確認すると、ハブ部分にトラブルが出てホイールナットが損傷していました。これを応急処置の修理をしてコースインさせたのですが・・・処置に時間が掛かってしまい、ラストアタック出来る時間は既になく、結果はスーパーラップ予選に進出出来るタイムに届かず13位。#86はクリアラップが取れずに15位、#87は10位でなんとかスーパーラップに進出して、その後のスーパーラップで9位に上げて、翌日のスターティンググリッドが決定されました。

  • 31日(日)は『決勝日』を前にした『グリッドウォーク』から。

    お隣のPITとなりました「エヴァンゲリオン レースクイーン」さん達。同日に鈴鹿で行われた2輪の夏の祭典「鈴鹿8時間耐久レース」にもエントリーされてる事からか、いつもより人数は少なかったです。

  • こちら「#86 JLOC レースクイーン」の黒組さん達は、青木選手&坂本選手も登場してファンサービスをされていました。

  • そしてレース前の『グリッドウォーク』へ。

    被災された方達に、少しでも元気なレースを見て貰えるように頑張る!という意志が、私の「漢(オトコ)の背中」から感じて頂けますか?←ココは笑う所では無いですよ〜。本人は至って本気ですから!

    スタート前進行は、通常の国家斉唱ではなく「黙祷」を行い、いよいよレースがスタートされます。

  • #86は青木選手、#87は織戸選手、#88は関口選手がステアリングを握り、レースはスタートされました。

    #87はポジションを2つ落として、36ラップ目にPIT INして来ました。通常PIT作業の後、エンジンフードを開けて・・・そのままPIT内に入れました。排気系のトラブルのようで、これを修理してから、マシンをコース戻していました。この結果16位完走となりました。

  • #86と#88は、序盤から順調にポジションを上げていき、38ラップ目に#88は3位でPIT INして、ドライバーが井入選手に交代&給油のみ!ここで奇襲作戦であるタイヤ無交換作戦が決行されました。

    これは、今レースより全車に義務付けられました「給油リストリクター(給油管の内径を絞る事により、給油時間を長くして、安全なドライバーチェンジの時間を確保させる物)」による影響が、もともと燃費が悪く、給油時間の長かったガイヤルドにとって、非常に足枷となる事は前日の夜に確認していましたので、少しでも表彰台への望みを託した作戦でも有りました。

    結果は、やはりタイヤ無交換はきつかったようで、タイムが伸びずズルズルとポジションを後退させていき、10位でレースを終了させました。

    #86は、PIT INして、坂本選手にドライバーチェンジ&給油&左側2輪のみ交換で、コースに飛び出していったのですが、数LAP後にクラッチのトラブルでマシンを止めてしまいました。周回数による完走扱いとなり15位でした。


    今回のS-GTレースは、大震災後で始めての被災地でのレースでしたが、仙台の街は非常に活気があって、とても甚大な被害のあった地だとは思えない感じもしました。が・・・日本人みんなが、あの3月11日を区切りにして暗い気持ち&引っかかりがあるのは事実としてあると思います。私は、私の出来る事をより頑張って、明るい日本を取り戻せるように尽くして行こうと再認識しながら、仙台をあとにしました。